index / about / ARTIST / TIME TABLE / LOG / EXTRA / SPECIAL THANKS / MAIL
 ある朝起きると、鼻毛が一本伸びていた。鼻の穴からちょっとだけにょきっと顔をのぞかせている。僕とかオシャレで有名なモデルだから鼻の手入れには手を抜かない。鼻の中に指を突っ込んで、おもむろに伸びた毛を引っ張り抜こうとしたそのときだ。
「痛ッ」
 僕は手を離した。
「?????」
 でも、今の叫び声は僕じゃない。首をひねりながらもう一度、鼻の穴に人差し指と親指を突っ込んでみた。
「きっ、きついよぅ。やめてよぅ」
 信じられないことだが、今しがた、僕の鼻毛が可愛くしゃべったではないか。きょとんとしている僕に、鼻毛は語りかけた。
「どうでもいいが、お前、撮影に行く時間じゃないかい?」
 僕ははっとして時計を見ると、もう家を出る時間だった。僕は鼻毛をどうするべきか少し悩んだが、とりあえずそのままにして家を飛び出して現場に向かうことにした。おかげで遅刻せずに済んだ。
 それからは、鼻毛は僕によく話し掛けた。失恋したときは優しく慰めてくれた。たまに毒舌がムカついて引っこ抜いてやろうかと思うときもあったが、僕にはそれができないでいた。なぜならば、僕らの仲はもう、切っても切れない関係を築くほどになっていたからだ。
 僕たちはよく笑い、よく泣いた。青春を共有していたんだ。

 そのうち、鼻毛ははどんどん穴から外に出たがるようになった。
「僕はモデルだから鼻の穴に引っ込んでおいてくれ」
となだめるも、鼻毛はいつもの饒舌で
「何だ、お前。友達を恥じるのか」
と言うものだから、僕も「うん、それもそうだな」と思うようになり、特に気にしなくなった。
 撮影スタッフに何を言われようとも、通行人にジロジロ見られようとも、僕は誇らしい気持ちでいっぱいだった。むしろ、僕の鼻毛を見てくれ!と言わんばかりに胸を張って歩いていた。
 鼻毛はさらに伸び続け、いつしか僕の顎まで達していた。僕がわざと大きく息を吐くと、彼はくすぐったそうに風になびきながら笑っていた。そんな彼をとても愛しく思えた。
 だが、鼻毛の伸びとは反比例して、仕事はどんどん減り、今となれば収入が0になっていた。それでも僕はアルバイトをして、何とか生活を保っていた。

 僕は気づかなかった。いつしか鼻毛の言葉の数が以前より少なくなっていたことに。

 ある日突然、鼻毛は言った。
「なぁ、俺、そろそろお前の鼻毛やめようと思うんだけど」
 それはあまりにも急なことだった。
「薄々気づいてはいたんだが、俺、お前に迷惑かけちまってるみたいだな」
 あの自己中な鼻毛とは思えない言葉だった。
 だけど僕は首を横に振った。激しく首を横に振ったものだから、鼻毛は情けなく左右にぶらぶらと揺れた。
「どんなに生活が苦しくても、君がいなきゃ、い、嫌だ」
 やっとのことでひねり出した言葉は掠れ、ひどくどもっていた。
 僕の目から涙があふれてくる。ああ、いつの間に僕はこんなにも弱くなっていたのだろう。
 それともこれは恋なのだろうか?いや、もうこの際そんなことはどうでもよかった。鼻毛がいなくなる。それだけが頭の中でループしていた。
「ばかやろう。お前の足を引っ張って何が友達だ!!俺がいなくなってもきっとお前なら平気だ。今まで色々ありがとうな、お前の鼻毛でいられて良かったよ。結構楽しかったぜ・・・。じゃぁな、世話になった。元気でやれよ」
 鼻毛はそう言うと、あんなにもしつこく僕の鼻にこびりついていたくせに、鼻の穴からするりと抜けて、涙と一緒に床に落ちた。
 彼はしゃべらなかった。僕は何度も何度も諦めずに話しかけたが、もう二度と、彼がしゃべることはなかった。


 今、僕はレンタルビデオ屋で働いている。また元のようにモデルの会社から仕事のオファーもあったが、僕は断り続けた。もう鼻毛を思い出すことはしたくなかった。
 そして、アルバイトでいつものようにバリバリ働いていたある日、女の人から声をかけられた。
 見上げたその女の顔は、鼻毛にそっくりだった。
 ああ、これからが始まりなんだ。うっすらと涙が浮かんでくるのと同時に、淡い恋心のような感情が僕に芽生えた。
「すいませーん、兄ちゃんあれとってー」
「はい・・・喜んで」
 僕は鼻を啜るとにっこり笑い、しっかりと、その女の人と向き合った。
Copyright © 2005 中村. All Rights Reserved.
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送