『わたしの初恋の人はキミだって知ってた?』
唐突な彼女の告白に、僕は戸惑った。
彼女の言葉とともに吐き出された白い息は、次第に空気に溶けていく。
僕はその様子を見つめながら、自分の気持ちを彼女に伝えるべきか逡巡していた。
『僕の初恋の人は鏡に映った僕だよ』
迷った挙句、僕はいつも通り冗談を言った。
彼女は少し微笑んで、それから俯いた。
彼女の表情は長い髪で隠れてしまい、僕は視線を彼女の手元に移した。
ちょうど彼女が缶コーヒーを左手から右手に持ち替えるところだった。
彼女は、顔を上げると自販機の光をぼんやりと見つめて、こう言った。
『わたし、卒業したらすぐに結婚するんだ』
からっぽになった彼女の左手、その薬指に銀色に光るものが見えた。
僕は祝福の言葉すら言えず、況してや、結婚するなと言える間柄でもなくて、結局いつものように冗談を言うしかなかった。
『僕と?』
彼女は俯いたままで小さく返事をする。
『・・・キミじゃないよ』
その声があまりにも弱々しくて、もうぬるくなった缶コーヒーをいつまでも握り締める彼女に、僕はまた冗談を言った。
『そっか。人生には妥協も必要だからな』
そうして僕は彼女の手から缶コーヒーを奪い、それを一気に飲み干した。
その様子を彼女は呆気にとられるように見ていたが、やがて立ち上がると僕の頭を小突き、快活にこう言った。
『わたしには必要ないわよ』
もう彼女は笑顔だった。
冷えた缶コーヒーの味は、とても甘くて、でも少し苦かった。
あれからもう6年も経つ。
だから、もうすっかり彼女のことは忘れていたし、もっと情熱的な恋愛も経験してきた。
なのに今更、彼女の夢を見るというのはどういうことなんだろうか。
夢の中で僕を呼ぶ彼女の声は、やはり魅力的だった。
僕が女性の声に執着を示すようになったのは、彼女とのことがあったからだ。
夢を見た日、僕は彼女のことを思い出して切なくて、でも一日中頭から離れなかった。
翌日、僕は彼女が大好きだった大きなピザが食べたくなって、思い出のイタリアンカフェに行った。
幸いそこは僕の会社から程近い場所にあったので、昼休みを利用して立ち寄ったのだ。
窓際の席に座って、僕はまずブレンドコーヒーを注文した。
内装は新しくなっていたが、メニューはあの頃と変わっていない。
コーヒーの味は思っていたよりも苦かったが、今の僕にはちょうどよかった。
もうひとくちコーヒーを飲んで、僕はウエイターを呼んだ。
『すいません。ピザトースト1つ下さい』
人生には妥協も必要なんです(主に経済的な理由で)。
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