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「クリスマスには、何が欲しい?」

僕がそう言うと、彼女は11月の寒空を見上げ、少し考えてから言った。

「・・・アルバム。」
「アルバム?」
「そう。アルバム。ふたりで行った思い出の土地とかを撮ってまわるの。」
「そんなんでいいの?」
「だって、あたし、あなたの撮った写真、好きだもん。」

彼女は顔をくしゃっとして僕に微笑みかけた。




1ページ目は、僕らが出会った渋谷のカフェ。君はここでアルバイトをしていて、僕はそこの客。会社がたまたま近くて、休憩に良く使ってた。いや、実は初めから君の事をいいなぁって思ってて、君目当てで通っていたんだけど。あの時勇気を出して声をかけて本当に良かった。

2ページ目は渋谷の街並み。これ、撮ったのはもう12月入ってからだから、なんか街があわただしい感じだよね。でも、イルミネーションが綺麗でさ。マライヤキャリーなんか流れちゃって。ハチ公で待ち合わせをすると、君は必ずしっかりハチ公の足元で待ってたよね。僕の方が早く着いてる時もあったけど、なんか面白くてずっと見てた。いや、ごめんって。

そんで、これが渋谷から原宿までの遊歩道。ここ、手を繋ぎながら歩いてさ。そんときに告白したんだよね。少し困った顔をした君を見て、焦った。でも、その後に君のあの、くしゃっとした笑顔が見れて、嬉しかった。帰り道に一人でガッツポーズしたくらいだよ。

海の写真は、あの時に撮ったやつだよ。去年の夏。この頃から俺、趣味でカメラ始めたから。あの時はもう、クラゲが出てて、刺された人がいて笑ったよね。


広い、絵の具みたいな青の12月24日の晴れた空の下、僕は彼女に1ページずつアルバムをめくって、説明してみせた。僕らの歴史を確かめるように。





彼女の病気を知ったのは、今年の初めだった。いつもと同じようにデートをし、いつもと同じように彼女を車で送る。その帰り道で、突然彼女が苦しみだした。「大丈夫、大丈夫だから」という彼女を慌てて家まで送り、ベッドに寝かせてから彼女の親から話を聞いた。

「今まで黙っていて、すまなかった。」
「どういうことですか?」
「あの子が、黙っていてくれと言うものだし、あの子も君と居て、どんどん明るくなっていったものだから。」
「だからどういうことですか?」

「あの子はもう、長くない。」


心臓をナイフで一突き。そんな感じだった。心が流す血のドクドクという音に混ざって、病気の説明が聞こえた。信じたくなかった。それから彼女は入院し、闘病生活を送ることになる。僕は時間の許す限り見舞いに行った。彼女は明るく振舞っていたが、彼女に触れるたび、手首が細くなっていくのを感じた。



「こっから先のページは、病院内の風景ばっかりだね。」

ページをめくりながら僕は言った。病院内は公園みたいになっていて、ふたりで良く散歩をした。その時に撮った、桜。木漏れ日。落葉。

ページをめくる手が震える。駄目だ。表情が、保てない。写真の説明をしようとしても、喉の奥から悲しみが湧き上がってくる。アルバムの最後のページ。もうずいぶんと痩せてしまった彼女のくしゃっとした笑顔。それを見た瞬間、全ての風景がぼやける。


僕は、こらえきれず、彼女の墓石にしがみつき、声をあげて、泣いた。


11月の寒空の下、彼女が言った言葉を思い出す。

「たまに、たまにでいいの。そのアルバムを見て、こんな風に愛していた女がいたってこと、忘れないでいて欲しいの。そうすれば、あたしはあなたの中で生き続けるわ。」

その時の彼女の顔は、誰よりも穏やかで、美しかった。







さよなら。忘れないよ。

















今日の話の登場人物

僕           知らない人

彼女          知らない人

海でクラゲに刺された人 けんじ



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