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ホワイトクリスマス

 

慌しい年末、ある夜のこと。

年末進行の中たっぷり溜まった仕事を、今日も僕は次から次へと片付けていった(正確には右から左へ書類を移しただけだ)。部長の御機嫌を取るためだけの忘年会(正確には右から左へ大皿を移し、上から下へ首を機械仕掛けのように振るだけだ)を0.1時間程悩んだ挙句キャンセルしたというのに、帰宅した途端日にちが変わったことを告げる時計の針。こうして僕にどこぞの教祖様の誕生日を知らせてくれるのは当然のように時計だけだ。帰途にすれ違ったカップル達はお祝いムードに浮かれていたというのに。「この差はなんだ」独りごちながら小ぶりの冷蔵庫を開け、ビールを一本取り出す。クリスマスケーキ?そんなものあるわけない。それでも一応祝日、今日はいつもの発泡酒を空けるのはやめておいた。人間て至極単純なものだ(右から左へこれから飲むカンを並べているだけで楽しい)。

「プシュッ」
心地よい音が響く。ほんのひと時のストレスからの解消。泡が少しだけカンから零れ透明なテーブルに白い円を作った。僕は慌ててタオルを取りにワンルームのせまっ苦しいキッチンへと戻る。そそくさとテーブルを拭き一飲み。美味い。もう一本飲もう。

いつの間にやら6本パックが全部空き、それぞれのカンから泡がシュワシュワ垂れてる頃、目に飛び込む違和感。拭いたはずのテーブルにまた泡が付いてる。よく見ればカンから泡が垂れ続けている。ぶくぶく。最初に拭いたタオルはテーブルの隅っこで、忘れ去られたように泡に埋まっていた。ひとまずこの面白惨状をデジカメに撮り、妙案が浮かばないまま「とりあえずもう一本空けるか」と冷蔵庫を開けると、溢れ出る真っ白な泡の洪水に時が止まる始末。なんだこれは。背後を振り返れば、木目調の床が白の気泡に侵食されていた。

警察?消防?消防は駄目だ。ホースから泡を出す側だからな、などと濁った頭で考えながら、携帯のボタンを押した先は何故か幼馴染。少し眠そうな、鼻にかかった声が応対する。「なぁに?」説明する。「今ちょっと手が離せないのよ」何故?「口の横から泡が止まらなくって」そういえばえくぼの位置に小さな黒いほくろがあったっけ。穴だったんだ。「押さえてないといけないの」文字通り手が離せないらしい。彼女の残った片手をこれ以上携帯で塞ぐ訳にもいかず切のボタンを押した。
なら仕方ないと掛けた先は10年来の友人。プルルルル。「ヤッベ!おいヤッベ!蛇口から泡が!」これ以上頭の悪い会話をするわけにもいかず、開始5秒で切った。その後何軒か電話帳を辿るが、冷静に情報を整理しても、部長は泡盛が好きだってことしか得られなかった。

仕方ない、せっかくの機会だ。友人の発言を信じ蛇口をひねってみる。そして出てきたものを飲んでみる。果たしてビールが出てくるかと思いきや意外と味気ない。非常に残念であった。これが本当にビールであれば、季節外れのビヤガーデンとして一山当てていたのに。そんな都合の良い思考(そもそも自宅からビールが出てくるのであればビヤガーデンなどには誰も行きやしないのである)をしている内、いつの間にか泡は足が浸かる程の高さになっていた。

このままでは服がビール臭くなってしまう。慌てて全裸になった。おかげで寒くて仕方が無い。仕方が無いから風呂に入ることにした。予想通り泡風呂が完成。これが独りで無ければ完全なる泡天国の出来上がりなのだが、妄想を破り響いた着信音はよりによって職場の後輩(♂)を示し、哀れ僕の夢は泡と消えた。

「すいません、ちょっとトラブルが」こっちだってリアルタイムでトラブル進行中だ。「このままじゃ明日の打ち合わせ駄目になっちゃいますよぉ」知るか。原因は何だ。「書類が穴だらけです」ネズミにでも食われたのか。「いえ、置いてある場所が変わってるだけでチェックがザルです」そんなことより泡問題だ。泡風呂は体験したのか。「まだです」お前は何をやってるんだ。この役立たず。泡風呂と明日の打ち合わせ、どっちが大事だと思ってるんだ。「明日の打ち合わせです」
ここまで話したところで彼の呑気さについに僕は切れた。次いで携帯も切って泡の中へ放り込んだ。

全裸で泡に浸かっているうち、もう明日のことなどどうでも良くなってきた。泡はいつの間にやら量を増し、立ち上がっても未だ体をすっぽり覆っている。このまま増えるとどうなるのだろう。一抹の不安。ひとまず寝てから考えよう。ベッドを探しに潜りに行く。困った。ベッドを探り当てたのはいいが泡の中では体が浮遊してしまう。酸素不足で白み始めてきた頭を必死に動かし、ベッドの側の冷蔵庫と足をヒモでくくりつける。これで不用意に体を浮かせることも無いだろう。さてこれでゆっくりと寝られる。そう思った時、これでは息ができないことに気付いた。泡の上に出ようとするも、ヒモが足の自由を奪い身動きが取れない。参った。慌てた。

そして視界の全てが真っ白に覆われ、部屋も泡で一杯になる頃、僕はぶくぶくと泡を吹きながらたっぷりの泡の中で意識を失った。窓の隙間から、カンから零れ出るように泡が垂れ続けていた。

 

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